夜寝る前は、しばらくチャイルドの真っ暗世界に通うようにして。
ガイドさん総出で、おもてなし(笑)してみたりして。
そうして過ごしてる間に、色々思い出すわけです。
あれー?
でも自分は、十代後半ぐらいは、インナーチャイルドと共に過ごしてたような気がするぞー?と。
そうです。
自分がインナーチャイルドという言葉を知ったのは、実は中学生ぐらいの時。
忘れもしない、姉の部屋で「心を殴られた子供たち」という本を見つけてですね。
衝撃を受けました。
そして、あ、自分は悪くなかったんだ!って。
当時はまだ素直だったから。
本に書いてある通りに、自分を励まして、自分を認めて、自分の心の中から湧いてくる声を大事にして…っていうのを、すごく素直にやれたんですよね。
そうやって、不登校から立ち直ったともいえる。(かもしれない。)
当時は、自分の中の子供っていうイメージが、胸の真ん中に感じられていて、ハートの奥に空間があるような、そこに妖精みたいな子供が住んでるような、そんな感覚があったんですよね。
そしてそれがインナーチャイルドだとしたら、最終的には、すごくキラキラして、やる気いっぱいで、愛に溢れていて…今思うと信じられないんですが笑、そんな感じに育ったみたいなんですよね。
インナーチャイルドが育つとワンダーチャイルド?になる?という、そういう説もあるみたいなんですけど、そんな感じだったのかも、しれません。わからないけど。
チャイルドっていっても、自分もチャイルドみたいな歳だし、友達みたいな感じだったんでしょうか。
そんなキラキラチャイルドがかつては、自分の心にもいたはず…なのに、あの子供は、どこ行った?と、ふと思ったんですが。
ふと思ったので、ふとガイドさんに尋ねてみたんですが。
あの暗闇にいる子が、それだよ。と。
言われてしまった。
…。
そうか。
ちょっと、衝撃を受けたけど、言われてみれば、そうだよな、、と。納得。
あのキラキラ具合は、かなり無理してる感があったんだ。
そう。空元気だったな。と、後になってつくづく感じたので。
だけど、あんなにも真っ暗に閉じこもってしまうのか、、と、少しばかりショックだった。
さっきの続きになると。
キラキラチャイルドの力を借りて、不登校から頑張って外に出てみたわけなんですけど。
それで、大学に通うようになったら、普通の人たちがいっぱいいて、だんだん、周りとの違和感に気づいてしまって。
あれ、心の中にチャイルドが住んでて、声を聴きながら生きてる人なんていないんじゃないか、、って。
というか、普通の人は自分で自分の子供時代を育てたりしない、ちゃんと幼少期に親からの愛情を受けてそのまんま育ってきてるんだ…ってね。
いま思うと当たり前のことなんですが、打ちのめされてしまって。
そしてなんか恥ずかしくなったような。そんな感じがして、だんだんまた心が閉じていったわけですね。。
普通の人が受けてきた、365日、24時間の愛情のシャワー、その総量に比べて、自分のチャイルドへの声かけなんて、本当に些細な、微塵な、そうミジンコみたいなものじゃん、って。
まあ、比べるものじゃないんですが。
そしてもう一つ、すごく無理してる感じがあって。
チャイルドさんはね、すごく夢を見てたんですね。
色々、未来に夢を見て期待をしてたんだけど、それが原動力になっていたのは確かなんですけど。
一つ、すっごく大きな期待をしてた。
それは、自分を愛して、励まして、一生懸命頑張っていたら、きっと白馬の王子様が……じゃないけど、きっと自分を愛してくれる人が現れて、全ての苦しみを癒してくれる、と。
意識してはいなかったかもしれないけど、心の奥底ですごく、大きな大きな期待を、未来に預けていたんですよね。
だから頑張れたといえるんだけど…。
それって、まさに第2チャクラ的な、ツインソウル的な。
自分の理想の片割れを求めるっていうのは。
つまり、自分の、自分一人では不全感。世界が完成しない感。
それは、未来へ進んでいく覚醒とかじゃなくて、過去の無意識領域に還る、言うなれば原初の傷を埋めたい、そういう衝動でしかなくて。
ありのままで全面的に愛してくれる…それは、理想の恋人じゃなく、追い求める理想の母親の姿。それをただずっと求めてるだけ。の話だと、私は思います…。
そして、自分がそういう相手に出会って、何を言ってもらいたかったのか。
今までよく頑張ったね。
もう無理しなくていいよ。
全ての苦しみから守ってあげるから。
そう、言われたかった、、というのは。
もう頑張りたくなかったわけです。
何もしたくなかったんです。
そもそも。最初からね。
なのに頑張ったんだねぇー。。
そりゃあ、心が折れて、真っ暗になって、死人にもなるさ、って思う。
まあ、そこまで焚きつけたのも自分、、なんですけど。
そうしなきゃならない状況でもあったし、どうしようもなかったんだけれども。
そんなこんなで、真っ暗な世界に引きこもっちゃったんですね。インナーチャイルドさんは。
そして、自分自身、うつになってしまったし、チャイルドを癒すとか、構ってあげる余裕も全くなくなって。
存在を忘れ去っていた。
というか、自分がチャイルドそのものになってしまったような。そんな感覚でした。うつ病が特に酷かった間。ちょっと、幼児退行みたいな。
内なる子供が暴れ出したって感じだったかな。
親に怒りもぶつけたし、恨みもぶつけたし、弱みも曝け出したし、あーー、サターンリターンですね。(4室土星なので)
カウンセリングももちろん受けたし、うつでどん底だった期間まるまる、インナーチャイルドの癒し、だったかもしれない。いま思うと。
いや、癒しとかいうふわっとした感じじゃ全然ないんですけど。
全力で親と戦った。というか。
最終的には精神科の会議室?で、両親と面と向かって対話させられるという、公開処刑としか思えない試練を経て、うつ病は回復に向かっていったわけです。
(いや、大袈裟ですけど、その時は本当に、、両親と面と向かって喋るってことが怖くて仕方なかった。まともに会話したことがなかったので)
それで、親との距離も少しずつ近づいて、、インナーチャイルドはそこそこ癒されてきた、、はず、と、なんとなく思っていた。。
のに。
なぜ真っ暗なのだ。。
と。
薄々わかってました。
親と距離は近づいたけれども、実は許してない。
いまだに愚痴愚痴言ってしまうことがあるし、そして、どうしても、親を好きになれない。
特に母親を。(父親にはなぜかいつからか悪意を持たなくなった)
それが、つまり、人との距離の遠さ。
どうも人を好きになれない。
人に好意を持てない。
いっちばん最初の、カウンセリングで言われた、衝撃の一言。
「お母さんのこと、好きですか?」
母親に対する感情が、全く見えないと。感じられないと。言われてしまったんだよね。
そこから、精神がどんどん崩壊したんだった。
母親を、好きって、何?
「お母さんと遊んだことありますか?」
「お母さんに遊んでもらった?」
…あ、そういえば他所のお母さんは、皆子供と遊んでるっけか。
なぜか自分には適用されない法則みたいに思っていた。無意識に。
そのことに気づいてからもう散々泣いたけど、散々絶望して、切望して、でも幼少期の愛情なんてね、取り戻せないと、どれだけ望んでも不可能なことだよ、と。自分自身も諦めてしまった。
そしてその結果の、あの真っ暗なインナーチャイルド。
色々暴れてみて、言いたいことも言って、本当はこうしたかったんだ!みたいなことも全部言って、手を尽くして、色々やったけども、そうして色々な悲しみや何やらは剥がれ落ちたけれども。
色々が剥がれ落ちた、その素の姿が、元々、あれだったんじゃないかなって。
つまり、リアルタイムに、幼少期の頃の自分そのまま。
ということは。つまりですよ。
インナーチャイルドを見ていたんじゃなく、つまり、今現在の自分の中に存在するチャイルドを見てたんじゃなく。
ただ過去の時間軸にいた自分を見つけた、それだけのことだったかも。と、思ったわけです。
いわゆる、過去生解放。的な。
退行催眠、、ではないけど。
囚われ領域に囚われたままの自分、のようだと。感じたので。
つまり、これは、レトリーバルだ。と。
そう思ったので、ありとあらゆる手段を使って、チャイルドをおもてなし、しました。
そして、絶対、手に入らないであろうもの。
チャイルドがいちばん欲しいもの。
母親の姿を借りてきて、チャイルドと遊んでもらいました。
実際の母親だったら絶対やらないよな。絶対言わないよな。っていうことを。
いや、これは、違う世界線なんだ!と自分に言い聞かせて。
違う世界線の母親ならきっと子供と遊んだはず!とか自分に思い込ませて。
必死にレトリーバル、をしました。(本当のレトリーバルはちょっと違います。いやかなり違う)
そして、そのチャイルドの喜び様は。
まさに、キラキラと癒されていく。
水を得た魚のように。生き生きとしていく。
あー、インナーチャイルドの癒し方っていうのを、完全に間違えてた、って思いました。
自分が、インナーアダルト?になって、子供の自分を癒してあげましょう、抱きしめてあげましょう、とかね。
大人の自分が、愛をあげましょう、ってね。
それが、出来なかった。
だって、愛を持ってないのに?
もらってないのに?
どうやって与えんの?って。
すごい抵抗があったんですよね。
だってそれが出来る人は、もう問題がない人じゃん、って。思うんだよね。
ただの意地だったかもしれないけれど。
そして、自分がインナーアダルトだとして。ひねくれた大人に育ってしまったもので、チャイルドを慰めるとか、出来なかったんですよね。
うん、辛いよね、悲しいよね、分かるよ。でもね、しょうがないんだよ。とかって、言ってしまう。笑
だってしょうがないんだもん!泣きたいのはこっちだよ!って。
完全にダメな大人ですねー。笑
インナーチャイルドの癒しって、いま思うと、かなりハードル高くね?って思うんですが。だからなかなか癒されることなかったんですねー。
そんな感じで、母親の姿を引っ張ってきて遊んでみたら、チャイルドがすごい喜んだ。
けど、その借りてきたはずの母親の姿と、自分がだんだんダブってきて、あーこれが正しいインナーアダルトか。みたいに感じました。
そして、一回遊んでみただけなんですが、次の日の朝には、母親に対するこだわりがさらっと抜けました。
そして数日経った今では、何をそこまでこだわっていたのか…?と。
母親に対する暗ーい思い、イメージが、随分明るくなってきてます。
そしてびっくりなんですが、お母さん大好き、みたいな感情がうっすら芽生えたりしていて。
えーー。
以前だったら全力で全否定!してたような感覚が、少しずつ許されてきている。ような。
それでも、揺り戻しが何度か来ているんですが、母親大嫌い、みたいな、100%嫌い、までは行かない感覚なんですね。結構不思議な感覚です。
そしてまた次の流れに入ってきている。
そんな感じです。

